Archive for the 'アメリカ社会' Category

独立記念日

Tuesday, July 4th, 2006

今日は独立記念日。サンフランシスコは中西部と違い独立記念日とはいえ、やたら国旗を振り回すような人たちが少ない。イリノイに住んでいたころは、これでもか~というくらいでっかい星条旗を車の両側にさし、日本の右翼に負けないほど愛国心もろに出してる人がたくさんいたっけ。(でもその国旗だってほとんどが中国製なのに・・・。なんて皮肉なことを考えていた私です。) Aaronは反アメリカ人のように仕事に行ってしまい、1人に。今日は久しぶりにお天気もよいので、ドローエスパークの野外劇を観に行った。独立記念日にちなんで、「原理主義宗教vs反宗教」をコミカルに脚色したユーモアー&現アメリカ政治に対する皮肉たっぷりのミュージカルだった。アメリカ建国者たちが強く願った政教分離。その理念がゆがめられている今だからこそ、もう一度この国が誕生した意味を考える必要があるのだろう。なーんて考えながら、斜面になっている芝生に座ろうとすると、ずるっ。実はそこはちょっとぬかるみになっており、急いで座ろうとした私はすってんころりん。大胆にしりもちをついてしまった。こういうときに1人というのはつ・ら・い。周りにいる人の視線はばっちり私にそそがれている。何とかその場をしのごうと、「I guess I am sitting down here!(ここに座るしかないようね!)」って言ってみたものの、あんたそんなこと言っても全然おかしくないから~。と心の中で悔やむ。でも手に持っていたサンドイッチは落とさなかったぞ!(^O^)食いじだけは昔から変わらない・・・。
写真:Aaronが勤めている会社の社長(といってもまだ35歳)のマンションから見た花火。フィッシャーマンズワーフのすぐ目の前にあるちょー高級マンション。マンション下の群衆を見ながら、今日だけはリッチ気分に♪ しかしお金がある人はすごい・・・。こんなんで、すごいと思ってしまう私は、絶対金持ちにはなれないだろうよ。

恐ろしや〜

Thursday, March 16th, 2006

実は、2月に日本から家族が遊びに来ていた。高校生のつくしの子#3は2週間ほど、つくしの子母、つくしの子#2とその子どもたちは1週間。久しぶりに我が家は大にぎわいだった。かわいい、かわいい3歳と1歳の甥っ子達に会うことができ、バカ叔母はおおはしゃぎ♪ 二人ともちょっと風邪気味だとは知っていたが、ところ構わず頬をスリスリしたり、アツーイキスをなげかけていた。ところが、着いてから3日後、、、まず1歳の甥っ子が、激しい下痢、嘔吐、高熱におそわれた。かなりつらそうだったので、心配になり病院へ。次の日、何かだるいな~、と思っていた私も夜中に下痢と嘔吐が始まった。本当につらかった。トイレとバスタブが同じ場所にあるって、何て素晴らしいんだ!とつらいながらも、ありがたさをしみじみ感じた。(え、なぜって?それはご想像におまかせします…。)この風邪菌に、ゆかいな仲間たちもやられ、2日間会社をお休み。子どもの風邪って思ったより強力なんだ、おそろしぃ~、と思っていたが、実はもっと恐ろしいことが待ち受けていた。
今日、甥っ子がかかった病院から、治療費の請求書が届いた。こちらでは、治療費の請求は後日送られてくるシステム。保険会社とのやりとりや、検査等の費用などが、別に請求されてくるからだ。たかが1週間の旅行ということもあり、今回だれも海外保険に入っていなかった。病院に行く前にも、費用のことなどあれこれ考えたが、やはり命にはかえられない。第一、いくら高くても$200くらいだろう…とタカをくくっていた。そして、今日届いた請求書をあけてたまげた。$331、つまり約3万8千円。「えー、まじ!」確かに、時間外に診てもらったこともあるかもしれない。でも、ドクターに検診してもらっただけで、特別な検査もなにもしなかった。お薬だって、結局解熱剤だけだったし。私も日本に一時帰国しているとき、喘息の発作で夜間の救急病院に行った。器官拡張剤を吸入したり、点滴をした。そのときは保険からぬけていたので、実費払い。「高いだろうな~」、とドキドキしていたが、約1万ほどですんだ。
日本のように、健康保険制度がしっかりしている国に生まれると、医者にみてもらうことが当たり前のように思ってしまう。この間の「こころの病気」でふれたように、確かにアメリカは様々な点において、医療が進んでいる。でも、その恩恵をだれが受けられるかは、また別問題だ。ご存知の通り、アメリカには国民健康保険制度がない。この国の健康保険に対する考え方が、人間に与えられた権利という発想ではなく、個人の特権になっている以上、保険に加入するだけの余裕がない低所得者層(現実的には低・中間所得者層に多いのだが…)は、結局アメリカという経済大国、医療先進国で暮らしていても、喘息、栄養失調、肺炎など、他の先進国では考えられない病気で子どもを失うケースも少なくない。国民の健康(=命)まで資本主義化してしまうアメリカ。これこそ、恐ろしや~。

写真:甥っ子からの熱いラブコールに、喜ぶわたし。この後、最悪の事態が待ち受けていることは、まだだれも知らない…。あ、でも、甥っ子はちょーかわいいので、こんなに愛してもらえるなら、下痢でも嘔吐でも何でもこーい!というのがバカ叔母の本音です♪

今日の出来事

Wednesday, March 15th, 2006

サンフランシスコはアメリカと言えども、NHKやフジ系列のニュース、日本のドラマなども、普通にテレビで見ることができる。さすがサンフランシスコ。以前、中西部に住んでいたときは、日本の情報・日本のモノに乞えていたが、そんなこともここへ来て感じなくなった。何てたって去年の大晦日は、紅白やゆく年くる年をみながら過ごせた。田舎モノ(アメリカでね)の私にとっては、すっごいことである。これじゃー、アメリカにいる意味がない、とも思われるかもしれないが、長年住んでいると、正直アメリカのテレビ番組もチャンネルが多いだけで、中身はほとんど同じ。だからよけい、日本の番組を見ると、新鮮さを感じる。
新鮮さ、、、というと、やっぱり日本のニュースは面白い。「面白い」と思うその心は、ニュースを見ながら、「こんなことがニュースになるの!」と驚くこともあれば、「こんなんでいいのか、日本社会よ!」と真剣に激怒することもあるからだ。例えば今日は、後者のほう、、、。フジ系列ニュース(安藤&木村太郎キャスター)で猪口大臣が予算委員会に遅刻した、云々の話題だった。やっぱり遅刻はよくないよな。そんなことは、小学生でも知っている。でも、その大げさなことといったらありゃしない。3分遅刻したことにより、どれだけ審議に影響があったことや、彼女の気が緩んでる証拠だとか、自民党内にも波乱がとか、でてくるでてくる。ここまでは、先ほどのカテゴリーからすれば、「こんなことがニュースになるんだ」程度で終わったのだが、、、。次は猪口大臣のファッション、「春を思わせるフリフリドレス」について話題が移り、そして、名前は忘れたが有名な政治評論家からのコメント、「あの、フランス人形のできそこないみたいの、どうにかならんかね~。」(ブチッ←私の切れる音)もう一度言うが、遅刻はよくない。でも、国会審議で、堂々とZZZお昼寝してしまう、大物政治家のおじ様たちは一体どーなるの?それに、どう考えても「フランス人形のできそこない」発言は、大臣が女性であるがゆえに出てきた、とーってもレベルの低いコメントだ。第一、猪口大臣は男女共同参画の担当だよ。遅刻に対して平謝りするのもいいけど、ここはガツンとしめてほしい、猪口大臣。日本における女性の社会的向上を、真剣に実現するのであれば、こういうことをいとも簡単に発言できることから、まず考えるべきだろう。日本の情報がリアルタイムで得られる環境にいる今、やはり日本人として、そして女性として、私もその責任を感じている。(何だか、大学入試の論文のようなしめになってしまいました、、、、。)

心の病気

Wednesday, March 8th, 2006

週に一回、セラピストに会いに行っている。通い始めてもうかれこれ4ヶ月になる。去年の秋くらいから、パニックアタック(呼吸が苦しくなり手足がしびれてくる)、一日中だるくてベッドから起きだせない、頭痛、などなど、精神的・身体的につらい状況が続いていたのが大きな理由。それまで飲んでいた精神安定剤のお薬だけでなく、ちゃんと心理学者にあったほうがいいとの友人の薦めもあり、割かし値段のリーズナブルな心理学研究所を見つけ、気の合うセラピストと出会うことができた。日本と異なり、ここアメリカでは、多くの人々がセラピストやカウンセラーを頻繁に利用する。また精神科でも、私のような軽度のうつ病と診断された者に対し、本当に様々な種類の薬が用意されている。薬で全て解決できるとは思っていないし(今でもどちらかというと薬は苦手)、大手薬品メーカーの売り上げ戦略が、裏で大きく影響していることも分かっている。ただ、薬であれ、セラピーやカウンセリングであれ、そういう選択があるということが、どんなにありがたいことか、こういう病気になってみて初めて分かった。心の病気は実際なってみないとそのつらさは計り知れない。特につらくてもがんばることが美徳とされている日本社会では、心の病気であっても、やる気がないとか、怠惰だと思われることを恐れ、きちんと対応しきれていないことが多いように思う。そういう私も、普通のお医者さんのように、悪いところを治してもらうのとは訳がちがうセラピーに、初めはちょっと戸惑いを感じた。50分のセッションのうち、大半が私のトークで、彼女にどうしたらいいか質問しても、逆に「どうしたいの?」と聞かれてしまう。でも、私の本当にとりとめない話の中から、重要なポイント、時には矛盾するポイントを指摘してくれることで、今まで気づかなかった自分の気持ちを発見したり、話しているうちに自然と気持ちの整理がついたりしている。何といっても、前より人ごみにでたり、車の運転をすることでパニックになることがほとんどなくなった。全てのことが一時停止になっているこの状況は今でもやはりつらいが、心の病気になって初めて自分のことをもう一度知るきっかけができ、それはそれでいいことだと思うようになってきたことも、セラピーに通っているおかげかもしれない。今日はたまたま3週間のお休みが続いた後の、久しぶりのセラピーだった。久しぶりに会ったせいか、今日はいつもに増して、私のトークにエンジンがかかっていた。終わったあと、さすがにのどがからからだったが、とってもすっきりした気分になれた。
通っているセラピストが所属する研究所。ここは利用者の収入によって、料金を設定してくれる。経済的・社会的・身体的問題を抱えた人々が暮らすサンフランシスコならではのシステムだ。http://www.sfprg.org/Home.html
一般のセラピストは1セッション(約1時間ほど)で$100以上。保険の適用が可能な場合と、そうでない場合があるので、やはりある一定の収入がないと、セラピーやカウンセリングを受けられなのは疑問に思う。低所得者の人こそ、心のケアーが本当は必要なのに…。