タイ寺院

日曜日、バークレーにある、タイ寺院でブランチをしてきた。お寺でブランチ!?と不思議に思うかもしれないが(実際私も行くまで想像がつかなかったのだが)、実はお寺の資金を集めるために、毎週日曜日のブランチにタイ料理を提供している。お寺だからなのか、便宜のためか、行くとすぐにお金をコインに替える。(小学校のバザーを思い出す。)タイカレー、タイヌードルスープ、パパイヤサラダ、スイートライス&パパイヤ、ココナッツパンケーキ、などなど、屋台形式でずらりと並んでいる。一品$5前後と、お値段も手ごろだし、これまたとっても美味しい。私は20分ほど並んで、タイスープを食べたが、魚のすり身ボール、ポーク、もやしなどが入った濃くのあるスープで、とっても体が温まった。すごく混んでいたので、外に出て道端で食べたが、『気取らず、安く、美味い』がモットーの私にとっては最高の食事だった。

写真:左「ゴージャスなつくりのタイ寺院」 右「Aaronの元ルームメイトでサンフランシスコ一番の友達、リアットとボーイフレンドのケブン。」

thai1.jpg thai2.jpg

そして事件は起こった。

昨日は2006年6月6日。キリスト教徒にとっては不吉な数字が並ぶ日。そのため、わざわざこの日の出産を遅らせた人たちもいるくらい。(映画「オーメン」を観た方はご存知だろう。)まあ、そんなことを言っても、何事もなく、当たり前のように日が過ぎたのだが・・・・。事件は2日後に起こった。隙バサミを手に入れた私はそれを試したくなり、ゆかいな仲間の1人、サンを実験台に。サンもただで済むならその方がいいとすぐにOK。
隙バサミは痛いらしく(やっぱり$1だったからな~)、ハサミをたてに入れながら、まるでカリスマ美容師のようにカットしていく私。
つくしの子 「どう?」 サン 「おぉ、いい感じ~!」

hsan1.jpg

と、以外にうまくカットできたので、調子に乗る私。ちょっとサイドのもみ上げが気になるので、ひげ用のシェーバーで、すこーし、ほんの、すこーしだけ短くしようと思ったら・・・。
ジッ。(←髪を切る)。何、この音。えっ、えーーっ、Oh,my God!!!!!

ちょっとしかカットしないと思ってのが、シェーバーの使い方がよく分からず、かなり深ーく刃が入ってしまい、くっきりと線がついてしまった。

hsan2.jpg

もうちょっと上だった、そりを入れたとか、何とか言ってごまかしてもらえばいいんだけど(そんな、ごまかし方があるかい!)、場所が場所だけに途方にくれる私。サンも、笑っている顔がひきつっている。でも意を決し(というか、あきらめて)丸坊主にすることに。 途中、剃刀の充電もしながら、約2時間ほどかけて、丸坊主に・・・。

hsan3.jpg

と、こんな感じになりました。お坊さんが必要な方はいつでもご連絡を。

丸坊主も似合ってるよ、サン★

Kwando

今朝トイレに行きたくなって起きようと思ったが、体が金縛りのように動かない。も、も、もしや怪奇現象、と一瞬思ったが、寝ぼけた頭でよーく考えてみると、全身筋肉痛。昨日Kwandoに参加したからだと思い出す。通っているジムのグループエクササイズの1つにあるクラス、Kwandoとはテコンド、ボクシング、空手などの動きを取り入れた有酸素運動。この間ちらっと見学し面白そうだと思ったので昨日参加してみた。これがつ、つ、つらい。いきなりアップテンポの曲から始まり、45分間ジャブをしたり、キックをしたり、とにかく休むひまなし。死ぬよ~、と思いつつ周りをよく見てみると、私よりもかなり上の年輩の方たちも参加してるではないか!やっぱりもう少し体力をつけなくてはと反省。何せサンフランシスコに来てから5キロも太ってしまった私。それじゃーつらいだろうにね~。

お久しぶりです

やっぱりそうそう毎日は続かなかったこのブログ。書こう、書こうと思いながら、ついつい後回しになってしまっている。私の悪いところは何でも長くなってしまうこと。大好きなブログ「暮らしの柄」の大平一枝さんのように、短くてもウィットにとんだきれいな文が書ければいいのにといつも思う。表現豊かな日本語だからこそできる技。美しい日本語の本をもっと読まなきゃ。どなたかおすすめの本があれば是非コメントしてください。

5月に撮った写真から・・・

ご近所にある家の玄関先にある植木。「ウーマンパワー」と今にも叫びそうな勢い。よく見るとちゃーんと胸も出ているので間違いなく女性!こんなユーモアーをさりげなく植木に表現するサンフランシスカンが大好き★
womanpower.jpg
地ビールが美味しい San Francisco Brewing Company

beer.jpg
これぞゆかいな仲間たち、Aaron(アーロン)とHsan(サン)

aaronhsan.jpg

良薬(!?)口に苦し

友人が通っている鍼治療に行ってきた。彼女は風邪を引いたり、どこか体の具合が悪くなると医者に行くのではなく、すぐにこの鍼治療師のところへかけつける。アメリカで育った彼女なのに、バリバリ東洋医学を崇拝している。日本の鍼治療の先生のもとで修行したアンジュというインド人の先生。治療を始める前には30分ほどのインタビュー。そして実際に鍼治療をしてもらった。鍼は以前にも経験があるので恐怖心はなかった。でも体の痛いスポットはやっぱり鍼を刺されるとちょっと痛い。1時間ほど針ねずみ(ブタではない!)状態で横になり、起きたときにはすっきり。アンジュは鍼以外にも、中国のハーブ、いわゆる漢方を処方する。アトピーが再発していたので、肌によいという漢方を試しに処方してもらった。一日2回、煮だした液を1カップずつ、食後に飲む。早速今日から晩御飯のあと作って飲んでみたが、、、。うっ、まままずい!決して飲めないほどまずい訳ではないが、好き好んで飲む味では決してない。例えて言うなら、乾燥しいたけの汁をそのまま飲んでる感じ・・・。「良薬口に苦し」と頭で呪文のように唱えながら全部飲んだが、本当に良薬なんだろうか。煮出しているにおいをかいだゆかいな仲間たちは、こんなの飲むのは人間じゃない、、、と言っていた。いや、でも中国4000年の歴史を信じよう。何せ、東洋医学は保険が利かないので、お値段も財布に苦しだったんだから。

写真:これが煮る前の漢方。その辺に落ちている枯れ枝のようだった。
chineseherb.jpg

オープンハウス

この町に住んでいる友人・知人に、一度に会えたほうがいいだろうと、気を利かせてくれたジムが、オープンハウスを提案してくれた。短い期間ということもあり、それではとお言葉に甘え、パートナーの元会社の同僚、私の大学の教授、友人などを招待したところ、何と40人ほどの人が来ることになった。ジムの家は大丈夫かと、ちょっぴり焦った私だったが、広いジムの家はまったく問題なし。子どもは巨大テレビがある、エンターテイメント部屋で、静かに映画をみていた。まるで託児所つきパーティーだ。それはさておき、本当にいろいろな方がわざわざ来てくれた。サンフランシスコに来て一番つらかったことが、これらの人と別れてしまったこと。家族がいるわけでもない町だが、幸い私たちには、家族のように慕うことができるジムがいる。彼のおかげで、この町でお世話になった人と、こうしてまた会うことができ、楽しい時間を過ごすことができた。そんな彼に感謝の気持ちで一杯の一日だった。

写真 左:我が親友、真理紗、アラスプ、ひかり。本当はもっとかわいい。 中: パーティーも一段落、と思ったら竜巻警報がなり、みんなで地下に避難。 右:パーティー翌日の朝。ジムにお礼のマッサージ。決して虐待してるわけではないので注意!

hikarimarisa.jpg minna.jpg massagejim.jpg

チリサパー

ジムは大の料理好き。彼の料理に対する情熱は、キッチンを見れば一目で分かるほど。6台のガスバーナーストーブ、上下に重なっている2台のコンベンショナルオーブン、そして豊富なキッチン用具を備えた台所は、まるで小さなレストランの厨房のよう。そんなジムの様々な料理の中でも、私とパートナーの大好物が、チリ。彼と彼のご両親が昨日イリノイにやってきたが、ジムはその2日前から、このチリの準備にとりかかっていた。真っ赤なチリパウダー、様々なハーブを入れたソースの中で、ビーフをことことと、半日以上ゆっくり煮てできるのが、ジムのチリ。普通のチリは、豆やトマトなどが入るのだが、ジムのチリはとてもシンプル。食べ方は、熱々のバズマリライスの上に、チリスープをかけ、お好みで、豆、ブラックオリーブ、あさつき、チェダーチーズ、サワークリームをのせ、最後にライムをきゅっとしぼりかける。めったにビーフを食べない私たちだが、ジムのチリだけは別。温度も辛さもホットなジムのチリに、きりっと冷えたビールを飲みながら、久しぶりの再開を楽しんだ夜だった。

写真 左:チリをライスにかけているところ。右:できあがった私のチリ。欲張りすぎがばればれ。
chili2.jpg chili1.jpg

ボニート!

「ボニート」とはスペイン語で「かわいい」という意味。今日、プエルトリコ出身の大学教授の家で夕食をごちそうになったときに習得した言葉。ちょうど、先生のお母さんがプエルトリコから遊びに来ていた。英語があまり話せないので、先生に通訳してもらいながらの会話で、よく使われていたので自然と耳に残ってしまった。サンフランシスコに住んでから、スペイン語を習う必要性をしみじみと感じるようになった。もちろん、ラテンアメリカを中心とした、スペイン語圏からの移民が多いからだ。英語が通じないというわけでは決してない。片言ながらでも、何とか英語で通じ合うことができる。でも、ちょっとした時に、スペイン語が少しでも話せれば、どんなにかいいだろうと思ったことが何度もある。私もそうだったように、言葉が通じないということは、本当につらいことだ。何も悪いことをしているわけではないのに、相手に対し申し訳ない気持ちになったりする。確かにアメリカは英語が共通言語だが、だからと言って英語だけを強調するような社会はおかしい。スペイン語であれ、他言語であれ、同じコミュニーティーに英語以外の言語を話す住民がいるのなら、あいさつくらいその方の言語でしたい。たとえそれが間違った言い方だったとしても、きっと笑顔であいさつしてくれるにちがいない。私もいつか「ボニート」なスマイルで、スペイン語が話せれるようになればと思う。

写真:論文を指導してくれている教授、Dr. Toro-Morn と彼女のお母さん。公私ともども、本当にお世話になっている。

Dr. Toro-Morn and her mom

くら〜い道

ちょっと都会の生活をしてみて気づいたこと。郊外は道幅も家も大きくてよいのだが、道が暗い。今日は雨が降っていたこともあり、道路の線がとても見にくく、運転がこわかった。夜はもちろんだが、日中も歩行する人がほとんどいないので、街灯もあまりない。夜もしーんとしている。こんなに暗かったのか〜、と運転しながら都会の灯りと音がちょぴり恋しかった一日だった。

住めば都

昨日、1年ぶりに大学があるイリノイ州ブルーミントン・ノーマル市に帰って来た。いつまでも延ばし延ばしにしていた修士論文に、いい加減決着をつけるのがその目的。会いたい人たちもたくさんいたので、2週間ほどの今回の滞在をとても楽しみにしていた。何しろ約4年半暮らした街。たくさんの思い出がつまっている場所なので、どんな風に自分が受け止めるかにも興味があった。「もしかして、サンフランシスコに帰りたくなくなるかな、、、」などと、想像もしていたが、今の所の反応は以外にも冷静。懐かしさで、胸がジーンとくることもない。町自体がこの一年の間に変わったこともあるかもしれない。今まで知っている場所がなくなっていたり、新しお店なんかができていると、イメージががらりと変わる。そういえば、日本の実家に帰った時もそう感じた。引っ越しを何度も経験しているせいか、その場所、その場所が、いつの間にか自分の「家」になっていて、自分の居場所に帰って来るとほっとする。それがどんなところであれ、その環境に適応する能力があるんじゃないか、と自分では思っている。でも、サンフランシスコに引っ越してから、あまり楽しいことがなかったせいか、いつになったら自分の「家」になるのかな、と不安に思っていた。そんな中、住んでいる場所を一度離れたことで、そこが私の家になりつつあることが実感できた。「住めば都」とよく言うが、私の都はサンフランシスコなのだと、少しずつ感じるようになっていること、それだけでも、今回イリノイに帰って来てよかったと思う。えっ、そんなことで喜んでないでしてないで、しっかり修論終わらせろって!?へへへ、ばれたか…。

Nav
Recent Posts
Links
Meta